”今日は子宮の日❤️ダサい人が多すぎる。不潔です。”勝ち負けの世界から抜ける
今日は子宮の日
今日、朝FBを開いたら何度も上がってくるこの記事。
去年の今日書いたやつです。
で、1年経ってわかりました。
これ、勝ち負けの世界の人が
勝手に負けて、勝手にふっかけてきたやつだったんだなって。
※そして「ダサい人」というのは「劣等感を持っていることを直視できないから手放せない人(劣等感も優越感も)」でした!
結局私はずっと「勝ち負けの世界」に反応していて
その反応は
未来への繁栄の感覚のインスピレーションだった。
私、本当に勝ち負けの住人、嫌い。
勝手に負けて勝手に勝つ
本当に大嫌い。
で、最近はようやく言葉にできるようになって色々と書いていますが
「勝ち負けの世界」から抜けるデメリットは「もう勝手に見下して優越感に浸れなくなる」こと
女性であることの素晴らしさで胸がいっぱいになり感動❤︎《読書会&Notebookセミナーレポ》
「勝ち負け」の世界とは「引き分け」ではありません❤︎その世界から抜ける。
上の去年の記事でも書きましたが
世の中を明らかに見る眼力
それはイコール
自分自身を明らかに見る眼力
自分だけを淡々とジャッジせずに
見ていたら
嫌でも人も淡々と見れる。
勝ち負け目線で
「この人はあの人より勝ってるけどあの人よりは負けてる」
そういう目線でその人を見るんじゃなくて
ただの「その人」として見れる
自分が何をしたいか?
何を生み出したいか?
どんな世界を見たいのか?
ただそれだけで世界に居ることができる。
周りに勝つためや優れるためではなく。
結局勝ち負けにこだわると「反応」が八つ当たりになる。
自分で勝手に負けてるだけのくせに。
誰もあなたを「負け判定」していないのに。
自分で自爆しているだけなのに。
もう苦しくない?
その世界。
同じ言葉を使い同じことを言ってるようでも
決定的に何かが通じ合えないのは
「対等の世界」と「勝ち負け」の世界だったから。
で、勝ち前の住人は
「結局勝ち負けの世界を見下してんじゃん」
と思うかもね。
この感覚がわからないから。
この記事、すごい
勝ち負け世界の人の批判を呼んだんですが
全部、さらに勝てるポイント探しや
「勝ち負けの世界」での「引き分け」にしようとする発言ばっかりでした。
投影だ!!とか
味の違うレストランだろう、とか
はい?です
そもそもの世界を疑えよ!
人に勝つために書いた記事じゃないです。
怒りという感情を明らかに見て
360度、繁栄に向けた記事のつもりです。
対等の世界にいる人は
本気で
利益も、知識も、経験も、成果も、影響力も、喜びも、楽しさも、全部分かち合えます。
勝ち負けの世界の人は
なぜこんなことをするのか、理解できません。
(目の前しか見ないし損だと思ってるから)
去年のこの記事を、誰かを見返すためにシェアしたりしてた人もいるかもしれません。 p>
最近の私の記事を読んで
勝ち負けの世界から抜けることにしました!
と決めた人は
抜けてない人を見下すためにそれをすると
また同じ苦しみですよ
その経験すら全て、「見返すため」ではなく
自分の繁栄に向けること
本当は、奥底に
喜び合いたい
分かち合いたい
という思いがあるのを認めること。
正当化と言われようが
投影だと言われようが
自分の中にその感覚があるのを受け入れること。
綺麗事でもいいと認めること。
(綺麗事を受け入れるのは優秀ゴッドです)
怒りも全てそこからの愛だと、自覚すること。
怒りもジャッジしないこと。
勝ち負けの世界から、抜けよう!
絶対に循環するから